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『ちっちゃいけど、世界一誇りにしたい会社』 ~坂本光司~ [坂本光司]

 日本中から顧客が追いかけてくる8つの物語
 どうしても人に教えたくなるちっちゃい8社のストーリー



ちっちゃいけど、世界一誇りにしたい会社

ちっちゃいけど、世界一誇りにしたい会社

  • 作者: 坂本 光司
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2010/03/05
  • メディア: 単行本



<著者のプロフィール>
 坂本光司(さかもと こうじ)
 法政大学大学院政策創造研究科教授。
 法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長。
 1947年、静岡県生まれ。
 法政大学、福井県立大学、静岡文化芸術大学教授を経て、
 2008年より法政大学大学院政策創造研究科教授、
 法政大学大学院イノベーション・マネージメント研究科(MBA)
 兼担当教授、NPO法人オールしずおかベストコミュニティ理事長。
 他にも、国、県、市などの公職多数。
 専門は中小企業経営論、地域経済論、産業論。
 視察研究企業は6300社を超える。


<その他の著書>
 『日本でいちばん大切にしたい会社』
 『日本でいちばん大切にしたい会社2』
 『なぜこの会社はモチベーションが高いのか』


<著者のHomePage等>
 法政大学院政策創造研究科 坂本光司研究室


<この本との出会い>
 坂本先生の著書の紹介は、日本で一番大切にしたい会社2に続き4作目です。


<本の構成>
 プロローグ
 第一章 小ざさ(東京・吉祥寺)
  なぜ40年以上、早朝から行列がとぎれないのか?
 第二章 ハッピーおがわ(広島・呉)
  自ら末期がんになっても
  本当に困っている人に「なくてはならないもの」を届けたい
 第三章 丸吉日新堂印刷(北海道・札幌市)
  障がいのある人が目を輝かせて納品にくる「点字付きペットボトル再生名刺」で、
  1枚につき1円を日本盲導犬協会などに寄付する仕組みを開発
 第四章 板室温泉大黒屋(栃木・那須塩原)
  リピーター率73%! 450年以上続く旅館に現代アートを取り入れ
  ”人生の最期に「もう一度行きたい」と思われる宿”に
 第五章 あらき(熊本・城南)
  店を売る覚悟をした数年前から、世界が認めた「ワインが語りかけてくる」酒屋へ
 第六章 高齢社(東京・秋葉原)
  持病のパーキンソン病に負けず、「高齢者に働く生きがい」を届けたい
 第七章 辻谷工業(埼玉・志木)
  商店街の小さな工場で生まれる「世界一の魔法の砲丸」と職人魂
 第八章 キシ・エンジニアリング(島根・出雲)
  「脳障がいの愛娘を掬いたい」の一心で、世界から評価される福祉機器をつくる
 
 エピローグ

 ページ数 257ページ
 読書時間 2時間


<以前紹介した著書>
 『日本でいちばん大切にしたい会社2』
http://ronron2008.blog.so-net.ne.jp/2010-03-14
 『なぜこの会社はモチベーションが高いのか』 
http://ronron2008.blog.so-net.ne.jp/2010-02-07
 『日本でいちばん大切にしたい会社』 
http://ronron2008.blog.so-net.ne.jp/2008-08-13


<関連動画>
 笑ってコラえて!で紹介された高反発マット「ハッピーそよかぜ」



北京五輪 国産の砲丸(2008/07/30)



<関連記事>
 なし




<本文からのご紹介>
 
 ◆末期がんに冒されながらも、本当に困っている人たちを救いたい

 次の「ハッピーおがわ」は、もともと広島県呉市で有名な老舗の呉服屋でした。
 豪華な結婚衣装を年に何回か扱えばやっていけるようなお店でしたが、180度転換して、
 いまは福祉衣服や寝具をつくっています。
 寝たきりの人や、体の不自由なお年寄りがラクに着られて、しかもオシャレで外に着て
 いけるような服。指に力がなくなった人でも簡単に脱ぎ着ができる服。お年寄りがお漏ら
 ししなくてすむように、ホックを一つ外すだけで脱げるズボン…。寝たきりでひどい褥瘡に
 悩まされている人のためには、新しい素材のマットレスも開発しました。
 どれもが本当に困っている人のために役立ち、苦しみを和らげ、そして自尊心を守って
 あげることのできる製品ばかりです。
 きっかけは、小川意房社長の祖父母が寝たきりになってしまったことでした。
 そして採算度外視で大きな借金を背負いながらも、一人の困っている子ども、困っている
 お年寄りのために、本当に苦労を重ねて愛情あふれる数々の製品を開発してきたのです。
 社長自身が末期がんに冒されながらも、世のため人のために懸命に努力している姿、
 熱意は人の心を動かします。
 製品の開発には、大学教授や大企業の技術者などをはじめ、多くの人が献身的な支援を
 してくれました。経営のピンチに陥ったときには、私財をなげうってくれた人もいました。
 経営はいまも決してラクではありません。しかし、心に強く響く経営の重要性や、愛の経営は
 決して滅びないことを、この会社は十分すぎるほど、私たちに教えてくれるのです。



 『ちっちゃいけど、世界一誇りにしたい会社』 P6~P7より



 坂本先生の本は、前作の大切にしたい会社、誇りにしたい会社など、すべて中小企業を中心に
 取り上げられていますが、今回は、世界一誇りにしたい会社でさらに社員が30人以下の
 まさにちっちゃい会社です。しかし、ちっちゃいけれど、世界に誇れる凄い会社ばかりです。
 幻のようかんの「小ざさ」は障がい者雇用にも力を入れております。
 本文から取り上げた「ハッピーおがわ」は、まさに採算度外視で、障がい者のために、
 福祉衣服を作成しております。
 「丸吉日新堂印刷」は再生名刺で福祉団体への寄付と、点字加工作業は福祉施設に依頼してます。
 「高齢社」は退職後のまさに高齢者のために仕事をあっせんする人材派遣業者です。
 「キシ・エンジニアリング」は脳障がいを改善するための呼吸トレーナーなどの、福祉医療機器を
 取り扱っております。どれもこれも、障害がい者や、高齢者・老人のために、ちっちゃいけれど
 真剣にそしてやさしく取り組んでいる姿が素敵ですね~。
 坂本で先生は独自の取材力により、『日本でいちばん大切にしたい会社』から数々の素敵な会社を
 取り上げてきていますが、まだまだ日本には素敵な会社があるんですね~。  
 そんな素敵な会社を是非とも応援して行きたいと思います。

 エコ名刺のご注文はこちらです「丸吉日新堂印刷」
 http://www.nissindou.co.jp/





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『日本でいちばん大切にしたい会社2』 ~坂本光司~ [坂本光司]

 あなたはどんな会社で働きたいですか?
 心がふるえる8つの会社の本当のの話
 あなたはどんな会社にしたいですか?



日本でいちばん大切にしたい会社2

日本でいちばん大切にしたい会社2

  • 作者: 坂本 光司
  • 出版社/メーカー: あさ出版
  • 発売日: 2010/01/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



<著者のご紹介>
 坂本光司(さかもと こうじ)
 浜松大学教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2008年4月より
 法政大学大学院政策創造研究科(地域づくり大学院)教授、および、
 法制大学大学院イノベーション・マネージメント研究科(MBA)兼担教授。
 法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長。
 NPO法人オールじずおかベストコミュニティ理事長等。
 他に、国、県、市町、商工会議所等団体の審議会や委員会の委員を多数兼務している。
 専門は中小企業経営論・地域経済論・産業論。


<この本との出会い>
 『日本でいちばん大切にしたい会社』を読み、とても感動したので、続編をお待ちしておりました。


<本の構成>
 はじめに
 プロローグ

 1 株式会社富士メガネ(北海道)
  「困っている人を助けたい」 
   - 世界の難民や中国残留孤児に「視力」を贈る感動のメガネ店

 2 医療法人鉄蕉会亀田総合病院(千葉県)
  「もう一度入院したい」と患者が言う病院もモットーは「Alweays say YES!」

 3 株式会社埼玉種蓄牧場「サイボクハム」(埼玉県)
  「日本人の食糧不足をなんとかしよう」
   - 使命感に燃えて牧場を経営「農業のディズニーランド」を実現する

 4 株式会社アールエフ(長野県)
  「小さな命をもっと救いたい」
   - 世界が驚くカプセル内視鏡を開発。「人間の幸せ」を追い求める中小企業

 5 株式会社樹研工業(愛知県)
   社員は先着順で採用。給料は「年功序列」の不思議な会社

 6 未来工業株式会社(岐阜県)
  「日本でいちばん休みの多い会社」だから、不況知らずの会社になれる

 7 ネッツトヨタ南国株式会社(高知県)
   全盲の方と行く四国巡礼の旅で、人の本当のやさしさを学んでもらう

 8 株式会社沖縄教育出版(沖縄県)
   本当に世の中に役立つ事業をしたい。一人ひとりの命が輝く会社になりたい

 エピローグ
 おわりに

 ページ数 254ページ
 読書時間 4時間


<本文からご紹介>

 社員の採用は先着順で

 ほかの優良企業と同様、樹研工業もやはり社員を管理するルール、規則がほとんどありません。
 これは世界の一流の会社に共通していることですが、樹研工業には出勤簿もタイムレコーダーも、
 出張報告書もないのです。社内会議のための面倒な資料づくりや手続きも存在しません。
 私が「それでは困りませんか?」と尋ねると、松浦社長は、
 「つまらない、後ろ向きな仕事はできるだけ省き、次の仕事に取りかかる。これが生産性を
 あげる基本です。社員はみんな仕事をしに出社してくるのです。病気で休んだとしても、
 常に頭のなかは自分の仕事でいっぱいでしょう。そんな社員にとって、出社したという証明である
 出勤簿やタイムレコーダーに、どれだけの価値があるのですか?」 と話してくれました。
 さらに変わっているのは、樹研工業の採用方法です。
 先着順、つまり”早い者順”なのです。これは創業以来だそうです。
 創業以来、新聞などに募集広告を出しても、何をやっているかわからないような小さい
 会社ですから、なかなか従業員が集まらなかったそうです。そんなとき、わざわざ入社したいと
 来てくれてありがたさを、いまだに忘れることができないからといいます。
 ですから、中卒だろうが、中途採用であろうが、日本人であろうが、外国人であろうが、男だろうが、
 女だろうが、いっさい問題にせず、早い者順に採用しているのです。
 早い者順で面接する際、履歴書を持参する人もいるそうですが、まったく目を通さず、たいていは
 もち帰ってもらっているそうです。
 その理由を、松浦社長はこう教えてくれました。
 「今までのことより、これから一緒にやろうということが大切です。それに何より、数ある企業から
 当社を選んでくれたことへの感謝の気持ちが先に立ってしまう。自分もこの町の多くの人に
 育てられて、今日があるのですから・・・」



 「私が定年になったら子供を入れてほしい」

 そんなふうに”早い者順”で入った社員たちへの、入社式での松浦社長のアドバイスも型破りです。
 「もし会社に遅れそうになっても、あわてて来るな。遅れたら、こっそり裏から入ってくればいい。
 トイレに行ったような振りをして入ってくればいいんだ。時間なんか追うことはない。無理して急いで
 危ない目にあうことはない。わが社にとっては、きみらの命のほうが大切なんだから・・・」
 そんな会社ですから、辞める人がほとんどいません。それどころか、「私が辞めたら子供を
 入れてくれ」という社員もいるくらいです。
 中小企業では経営者の世襲制が問題になっていますが、樹研工業では社員の世襲制が
 始まっています。
 息子や娘に幸せになってほしいわけですから、自分が信じている会社に入ってほしいという
 親の気持ちは痛いほどよくわかります。
 また樹研工業では、結婚や出産、子育てが終わった女性社員を正規、不正規を問わず積極的に
 雇用しています。
 その理由は、「この人たちはベテランで、客先も半分以上はわかっていて、何も教えなくても、
 その日のうちに即戦力になるからです」と松浦社長は言っていました。
 ところが、男性社員のなかには、隣の芝がきれいに見えるのか、退社する人がときどきいるそうです。
 そんなときでも松浦社長は、「もし、『やっぱり樹研工業がいい』と、帰りたくなったら遠慮なく
 帰ってこい。転職先で成功したんだったら、そのときも連絡くれよ」と、温かく送り出すのです。
 それが樹研工業という会社なのです。


 『日本でいちばん大切にしたい会社2』 P149~P153を引用




 いやいや前作が素晴らしかったので、前作に登場した会社が大切にしたい会社のトップ5かと思いましたが
 まだまだあるんですね~素敵な会社は! 
 北海道から富士メガネ、司馬遼太郎や松下幸之助が愛したメガネ店、この医師不足といわれる世の中でも
 多くの医師が集まってくる亀田総合病院、農業のディズニーランドを目指すサイボクハム、病気で苦しむ
 人を少しでもラクにする商品開発を行うアールエフ、本文からに取り上げた、入院した社員に3年半
 給料を払い続けた樹研工業、被災した取引会社の1億6000万の債権を放棄した未来工業、
 全盲の方との四国八十八箇所巡りを社員教育に取り組むネッツトヨタ南国、日本でいちばん長くて
 楽しい朝礼を実践する沖縄教育出版と幅広いジャンルから、様々な取り組みがご紹介されております。
 本文からはいろいろ迷いましたが、樹研工業さんの取り組みの一部をご紹介させて頂きました。
 この会社は社員を本気で大切にしている会社だと感動しました。
 遅刻についての考え方なのですが、無理して急いで危ない目に合うくらいなら、遅れて来なさい。
 子育てが終わったら、いつでも会社に戻って来なさい。たとえ転職して失敗しても戻って来なさいと
 これらの取り組みと社員を大切にする本気の思いの積み重ねが、最終的には自分の子供を入れて
 欲しいとの思いになってあらわれるのですね。私自身もどんな会社にしたいと問われた場合は、
 働いている社員の子供たちが、入社したいと言われるような会社にしたいと思っておりました。
 これは単純に賃金や福利厚生などの待遇を改善するのみでなく、やりがいのある仕事やその仕事に
 より受けるお客様からの感謝の気持ち、地域貢献や社会福祉への貢献による感動等の積み重ねに
 よって生まれてくるものなのではないでしょうか。それらの考えはあくまでも理想ではないかと言われる
 人が大多数だと思いますが、あるんでしすよね~そんな素敵な会社は。
 この本は是非とも経営者や管理職の皆様に読んでほしい一冊ですね。
 本文ももちろんですが、エピローグにもとても感動させて頂きました。ありがとうございます!
 前作を読みでない方は前作もお読みください。 DVD版も素敵です。 








タグ:素敵な会社
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『なぜこの会社はモチベーションが高いのか』 ~坂本光司~ [坂本光司]

 
 日本全国6000社を訪問した筆者による渾身の結論

 「人を大切にする会社は モチベーションが高まり 業績も高まる」 


なぜこの会社はモチベーションが高いのか

なぜこの会社はモチベーションが高いのか

  • 作者: 坂本 光司
  • 出版社/メーカー: 商業界
  • 発売日: 2009/09/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



<著者のご紹介>
 著者のご紹介は以前の記事を参照してください → 『日本でいちばん大切にしたい会社』へ

<この本との出会い>
 『日本でいちばん大切にしたい会社』の続編が発刊されたのであわせて購入しました。
 まずはこちらの本からのご紹介です。

<本の構成>
  はじめに
  第1章 モチベーションが高い会社は業績も高い
  第2章 この会社はなぜモチベーションが高いのか?
  第3章 社員のモチベーションを高めるために
  あとがき

  ページ数 213ページ
  読書時間 4時間





 倒産寸前の会社を立て直し
 社員の夢を叶えられる企業を目指す

  日本電鍍工業は1956年に現社長の伊藤麻美さんの亡き父が創業した会社で、電気メッキ等の
 表面処理を中心に業容を展開しています。
  伊藤社長はさわやかな女性で、男性社会ともいえるメッキ業のイメージとは一見するとかけ離れて
 いますが、年上の職人も多い社内環境にもかかわらず、皆から信頼を集めるその姿は、まるで
 家庭をまとめる母親のような存在にも見えます。
  そうした社内の明るい雰囲気からは、つい数年前まで赤字続きで多額の負債を抱え、社員と
 経営陣との間に埋めようのない溝があった会社とはまったく思えません。
  今でこそ中小企業庁「元気なものづくり企業」に選ばれるほど高い技術力を評価される企業ですが、
 かつて手に負えない経営危機に陥った過去があるのです。
  最盛期で180人ほどいた社員は50人弱まで減少。当時は皆が猜疑心と不安を抱え、モチベーション
 どころか。いつ会社を辞めようかと考える暗い状態だったのです。

 経営危機の会社を3年で黒字に転換

  設立以来、時計メーカーの表面処理の指定工場となるほど技術力があり、かつ営業力にも
 恵まれた同社は、高度経済成長期の波に乗り順調に拡大しました。一時は表面処理に使う
 金の資料量が世界で一番になり、ギネスブックへの掲載の誘いもあったほど。
  しかし創業者である麻美さんの父の急逝後、状況が一変。バブル経済後の不況と顧客の
 海外流出で業績は下降、変化に対応できない次の社長の独裁的経営により、かつて地域の
 人たちから「あの会社に入社すれば大丈夫」と言われた老舗企業は、たちまち経営危機に
 陥りました。
  最盛期で約40億円あった売上は、2000年度には約4億円にまで落ち込み、10億円の負債を
 抱える倒産寸前の瀬戸際に追い詰められてしまいます。
  そんな中、創業家の一人娘である麻美さんは「最悪の場合でも私が自己破産すればよい」と
 覚悟を決めて社長に就き再生に着手、わずか3年で黒字転換を果たしました。売上高も2008年
 1月期には6億4000万円まで回復、現在も成長を続けています。
  日本電鍍工業にとって、社員のモチベーション向上と経営危機からの復活との関係は極めて
 密接です。倒産寸前で財政的にも厳しい会社が、一体どのようにして現在のような明るい成長企業に
 よみがえることができたのでしょうか。

 「社員に支えられた会社に恩返しがしたい」

  同社にとって、そもそも麻美さんが跡を継ぐことは、当初まったく想定されていませんでした。
 「今しかできないことに存分に取り組んでほしい」との教育方針で育てられた麻美さんは、ラジオの
 DJや宝石鑑定士といったメッキとは無縁の世界に進みます。
  しかしその間に会社を取り巻く環境は急激に悪化。父の急逝後に社長を継いだ経営者は資産を
 食いつぶし、業績が落ちると社員の給与ダウン、さらに人員整理を断行。会社は最悪の状態に
 陥ってしまいました。
  ついに米国で仕事をしていた麻美さんのもとに実家から「戻ってきて」と連絡が入ります。そして
 その時初めて会社が倒産寸前で、自宅も売却されるという事実を知らされるのです。
  慌てて帰国したものの、倒産手続きのために会社に通ううちに、麻美さんには次第に社員たちの
 「顔」が見え始めてきました。その過程で、「私が不自由なく育ったのは社員に支えられた
 この会社のおかげ。ならば恩返しがしたい」と、何とか会社を継続できないものかと考えるように
 なります。
  初めは、つてをたどって経営を行ってくれる人を探しましたが、低迷する会社の状態を知ると
 引き受けてくれる人は誰もいません。「自分がやらなければ一生後悔する。」こう考えた麻美さんは
 自ら先頭に立つことを決意。32歳の時でした。

 真摯に向き合う社長の姿に社員が心を開く

  社長に就任した麻美さんが最も防ぎたかったのは社員の退職でした。しかし、これまでの経緯で
 かつてないほど悪化した社内の環境を好転させる材料はありません。そんな状況下、何とか
 会社を立て直そうと社内のモチベーションを喚起するために3つの取り組みを行いました。
  その一つ目が「コミュニケーション」でした。社長就任の際、「自分は素人です。いつ業績が
 回復するかも分かりません。でも業績を景気のせいにはしたくない。どうか皆さんの力を貸して
 ください」と精いっぱい訴えました。
  するとその姿を見て、「お父上へ恩返しがしたい」と多くの社員が退職を踏みとどまったのです。
  また、毎朝の全員との挨拶も欠かしませんでした。しかし未経験の業種に飛び込んだ女性社長と
 いうことで、はじめはわざと返事をしない人もいたそうです。それでも毎朝全員のもとに行き、大きな
 声で挨拶を続ける毎日。この姿に最後まで応じなかった人もついに根負けして返事をし、やっと全員と
 挨拶を交わすことができたのです。
  実はこの時期、伊藤社長は大変なストレスを抱える毎日でした。外部との折衝で、金融機関からは
 「あなたではなく本当の経営者を連れてこい」、また、別の機関からは「会社がどうなっても知った
 ことではない」などと心ないことを言われ、涙を通り越して背中に嫌な汗が流れるほどつらい思いを
 していたのです。しかし、それでもコミュニケーションを欠かさない伊藤社長の姿勢に、周りも徐々に
 応え始めていくのでした。
  2つ目は「情報開示」です。全盛期を知る社員の中には、まさか会社は倒産しないだとうと考える
 人もいました。しかし会議などを通じて会社の状況を開示することで危機感を共有し、回復に向けた
 共通認識を持つことを促しました。
  3つ目が「チャレンジ」。売上が激減する中、新たな顧客の開拓が必須でしたが、当時の社内に
 挑戦意欲はありませんでした。伊藤社長は仕事が終わった後、有志を集めて新規開拓に取り組み
 始めます。

 「今日はだめでもいつか絶対できる」

  当時社内に1台だけあったインターネットがつながるパソコンで手作りのホームページを制作、
 そしてこのホームページを見て1件の引き合いが来るのです。それは医療用のカテーテルに
 厚メッキを施す技術的に困難な案件。他のメッキ会社に断られたものだと言います。当然社員も
 「できない」と拒絶しました。
  しかし伊藤社長は「今日はだめでもいつか絶対できる」と引き下がりません。そして試行錯誤の
 末、ついに顧客の要望に応えてしまうのです。これを機に社内に「できない」という雰囲気はなくなり
 ました。
  伊藤社長の取り組みは除々に社員に伝わり始め、逆回転していた会社の歯車は再び前に進み
 始めます。そして、社員たちの会社や社長に対する愛情が形に表れ始めます。
  「社長大変です。今すぐ来てください」。ある日、伊藤社長のもとに社員が慌ててやって来ます。
 「またトラブルか・・・」。渋々出向くと何と社員同士が大喧嘩をしていました。すると「今日こそ社長に
 言わなければいけないことがあるので前に来てください」と言い出します。伊藤社長はとっさに、
 自分の経営への不満をぶつけられるのでは、と直感しました。
  緊張しながら向かうと、張り詰めていた空気が一変。何とクラッカーが鳴り響き、突然全員による
 盛大なパーティーが始まりました。
  実はこの喧嘩はすべてお芝居。伊藤社長の誕生日を祝うためのサプライズだったそうです。皆で
 密かに計画していたそうで、思いもよらないプレゼントに伊藤社長は驚くやら感激するやらで思わず
 涙が出てしまったそうです。こうした過程で社内の雰囲気も明るくなり自然とモチベーションが
 向上した同社は、生産分野の少量多品種への流れにも柔軟に対応できるようになり業績も回復。
 伊藤社長の就任後わずか3年で黒字転換を果たしたのです。

 なけなしのお年玉を受け取らない社員

  社員のモチベーションが向上し、復活した成功のポイントとしてまず伊藤社長による感謝の思いが
 あります。
  再建の途上で精いっぱい働く社員に対し、伊藤社長は感謝の気持ちを形にしたいと思いました。
 しかし財政状況は厳しく、賞与や昇給に反映する余裕はありません。さんざん考えた末、銀行から
 50万円を引き出し、年末に「お年玉」として当時50人いた社員に、1人1万円ずつ配ることにしました。
  ところが、いざ配りに行くと皆受け取ろうとしないそうです。口々に「会社が大変な時なのだから
 そちらに回してください」「資金繰りに使ってください」と、自分より会社を優先してほしいと言うのです。
 何とか無事に配り終えましたが、年が明けると今度はある社員が「あのお金何に使ったか分かる?」
 と聞いてきたそうです。
  すると「会社に悪いことが起こらないようにお払いしてもらった」とうれしそうに言うのです。また他にも
 「仏壇に供えた」「肌身離さず持っています」等の声が聞かれたそうです。おそらくこの1万円は、
 伊藤社長と社員の心に、その何倍もの価値をもたらしたはずです。

 皆のため「100年続く企業」に

  伊藤社長の願いは「社員の夢を叶えられる会社にしたい」ということ。日本電鍍工業を「100年企業」
 にして、皆が安心して勤められる会社となればよいと考えています。
  これらの目標の達成には人材育成と技能の継承が不可欠ですが、幸いなことに就職を希望する
 人が後を絶たず、また定年退職者の多くが嘱託として会社にとどまり、技能の継承に励む好循環が
 生まれています。
  女性の比率も他のメッキ会社と比較する突出して高く、女性が働きやすい環境の実現に向け
 「子育て応援宣言企業」にも登録しています。
  「社員の夢を叶えられる会社にしたい」と願う伊藤社長はその思いを表現し、行動し続けます。
 危機を一体となって乗り越えてきた社員の意識は高く、仕事を通して自らの夢を叶えていく日も
 近そうです。





 かなりの長文ですが、お読みいただいていかがでしょうか?
 この本にはこんなモチベーションの高い会社が多数紹介されております。でもほとんどがほぼ完成された
 会社ばかりで・・・その中で日本電鍍工業は経営危機からの復活について記述されていてとても勉強に
 なりませんか? 私はこの素敵な内容にジーンとしてしまい、ちょと涙目になってしまいました。
 伊藤社長が取り組んだ3つのテーマは、”コミュニケーション”、”情報開示”、”チャレンジ”なのですが、
 きっと他の会社も取り組んではいると思いますが、方向が少し違うのではと思います。
 伊藤社長のコミュニケーションは、社長自らが全員に挨拶をするという、自発的なコミュニケーションです。
 ほとんどの企業では、おそらくコミュケーションを良くしましょうと取り組んでも、あくまでも直属の上司と
 その回りのみで、ほんの狭い範囲でのコミュニケーションに限られているのでは?と感じます。
 この本に取り上げられている他の企業も、社長と一般社員のコミュニケーションに力を入れている企業が
 とても目立つと感じました。ここらが重要な取り組みの一つになるのではないでしょうか。

 また、二つ目の取り組みとして情報開示があげられております。第3章での調査結果によると、
 社員がモチベーションを低下させる要因として、第1位が経営陣や上司への信頼感をなくした時、
 第2位が賃金や処遇に対する不満が生じた時となっており、これらは、コミュニケーションと、情報開示に
 絡んでくるのではないかと思っております。会社の経営状況をきちんと説明し、それを取り巻く情報を
 出来るだけ速やかに開示することが、社員のモチベーション向上にもつながると思います。
 私の経験から言うと、賃金について不満を持っている殆どの社員は、会社の経営状況(特に経費関連)に
 ついて殆どしらない社員が圧倒的に多いです。この辺をきちんと説明してあげると、理解してくれると
 思います。やはりちゃんとした説明(コミュニケーション)は重要なんですね。

 三つ目はチャレンジをあげております。やはりいきなり大きな事にチャレンジしましょうと言っても、
 なかなか誰もいいアイディアは出てこないものです。この点は札幌の洋菓子店「きのとや」の取り組みが
 とても参考になるのではないかと思っております。きのとやでは年間3000件を超える改善案が提示
 されてくるそうです。この制度は「社内改善提案制度」といいい、社内から改善案を自由に提示して
 もらい金一封を支給するそうですが、この金一封が500円という少額がミソなんではないでしょうか。
 まずはささやかな点でもいいので、自由に改善案を提示できる環境を構築していくのが良いのでは
 ないかと思います。
 やはり何よりも文頭に記述されている通り、人を大切にする会社はモチベーションが高まり
 その結果業績が高まるという事があらためて実感できるとても素敵な本ですね。
 これらの企業のDoITのDVDも見てみたいですね~。





タグ:素敵な会社
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『日本でいちばん大切にしたい会社』 ~坂本光司~ [坂本光司]

世の中には素敵な会社があるんです。CS向上とかコンプライアンスとかいいますが、
なによりも、大切なことがあるのでないでしょうか!


日本でいちばん大切にしたい会社

日本でいちばん大切にしたい会社

  • 作者: 坂本 光司
  • 出版社/メーカー: あさ出版
  • 発売日: 2008/03/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)






 著者のご紹介です。
  坂本光司(さかもと こうじ)
  福井県立大学教授・静岡文化芸術大学教授を経て、2008年4月より法政大学大学院政策創造研究科
  (地域づくり大学院)教授、および、法制大学大学院イノベーション・マネージメント研究科(MBA)兼担教授。
  他に、国、県、市町、商工会議所等団体の審議会や委員会の委員を多数兼務している。
  専門は中小企業経営論・地域経済論・産業論。
  編著書に「中国義鳥ビジネス事情」「私の心に届いたサービス」「消費の県民性を探る」「選ばれる大企業、
  捨てられる大企業」「地域産業発達史」「この会社はなぜ快進撃が続くのか」他多数ある。

 本の帯には・・・
  ・なぜこの会社には、4000人もの学生が、入社を希望するのか?
  ・なぜこの会社は、48年間も増収増益を続けられたのか?
  ・なぜこの会社の話を聞いて、人は涙を流すのか?

  6000社のフィールドワークで見出した「日本一」価値のある企業

 この帯の「なぜこの会社の話を聞いて、人は涙を流すのか」この部分に引かれて購入しました…
 それでは、本文から内容をご紹介いたします。




 大切にしたい会社 1
 障害者の方々がほめられ、役立ち、必要とされる場をつくりたい。
 「日本理化学工業株式会社」
 社員の7割が障害者の会社
 従業員約50名のうち、およそ7割が知的障害をもった方々で占められている神奈川県川崎市の
 その会社は、多摩川が近くに流れる、静かな環境のなかにあります。
 この会社こそ、日本でいちばん大切にしたい会社の一つです。昭和12年に設立された「日本理化学工業」は、
 主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており、50年ほど前から障害者の雇用を行っています。
 そもそもの始まりは、近くにある養護学校の先生の訪問でした。昭和34年のある日、一人の女性が、
 当時東京都大田区にあった日本理化学工業を訪ねてきたそうです。

 「私は養護学校の教諭をやっている者です。むずかしいことはわかっておりますが、今度卒業予定の子ども
 を、ぜひあなたの会社で採用していただけないでしょうか。大きな会社で障害者雇用の枠を設けているとこ
 ろもあると聞いていますが、ぜひこちらにお願いいたいのです。」

 障害をもつ二人の少女を、採用してほしいとの依頼でした。
 社長である大山泰弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます。
 その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない、しかし果たして今この会社に
 それだけのことができるかどうか・・・。そう考えると自信がなかったのです。

 結局「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。申し訳ございませんが・・・」
 しかし、その先生はあきらめず、またやってきます。また断ります。またやってきます。それでも断ります。
 3回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、その先生も耐えられなくなったのでしょう、
 ついに諦めたそうです。しかしその時、「せめてお願いを一つだけ」ということで、こんな申し出をしたそうです。
 「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験
 だけでもさせてくれませんか?そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で
 死ぬまで暮らすことになってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです。」

 頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。「一週間だけ」と
 いうことで、障害をもつ二人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。


 「私たちが面倒をみますから」
 就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。先生方はもちろん、ご父兄たち
 までたいそう喜んだそうです。

 会社は午前8時から午後5時まで、しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の7時に玄関に
 来ていたそうです。
 お父さん、お母さん、さらには心配して先生まで一緒に送ってきたといいます。親御さんたちは夕方3時くらいに
 なると「倒れてないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。

 そうして、一週間が過ぎ、就業体験が終わろうとしている前日のことです。
 「お話があります。」と十数人の社員全員が大山さんを取り囲みました。
 「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。どうか、大山さん、来年の4月1日から、あの子たちを
 正規の社員として採用してあげてください。あの二人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として
 採用してください。もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちみんなでカバーします。だから、どうか
 採用してあげてください。」

 これが私たちみんなのお願い、つまり、総意だといいます。
 社員のみんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ一生懸命働いていたのです。
 仕事は簡単なラベル貼りでしたが、10時の休み時間、お昼休み、3時の休み時間にも、仕事に没頭して、
 手を休めようとしません。毎日背中を叩いて、「もう、お昼休みだよ」「もう今日は終わりだよ」と言われるまで
 一心不乱だったそうです。ほんとうに幸せそうな顔をして、一生懸命仕事をしていたそうです。


 「誰でも何かの役に立ちたい」
 社員みんなのこころに答えて、大山さんは少女たちを正社員として採用することにしました。
 一人だけ採用というのはかわいそうだし、何よりも職場で一人ぼっちになってしまいやすいのでないか、
 二人ならお互いに助け合えるだろうということで、とりあえず二人に働いてもらうことになりました。

 それ以来、障害者を少しずつ採用するようになっていきました。大山さんには、一つだけわからないことが
 ありました。どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしたほうが幸せなのではないかと
 思えたのです。

 なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、泣きながらいやがる障害者の
 気持ちが、はじめはわからなかったのです。

 そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみたそうです。するとお坊さんは
 「そんなことは当たり前でしょう。幸福とは…
 ①人に愛されること  ②人に褒められること ③人の役に立つこと ④人に必要とされること です。
 そのうちの②人に褒められること、③人の役に立つこと、そして、④人に必要とされることは、施設では
 得られないでしょう。この三つの幸福は、働くことによって得られるのです。」
 と教えてくれたそうです。
 「その四つの幸せのなかの三つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。だから、どんな障害者の方でも
 働きたいという気持ちがあるんですよ。施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見る
 のが幸せではないいんです。真の幸せは働くことなんです。」

   ~ 後略 ~  





 素敵な会社だと思いませんか?著者の坂本さんは、こんな素敵な会社を応援しましょうと書いてます。
 我々が出来る応援とは、「バイ(買)・日本理化学工業運動」です。チョークのご用命は、日本理化学工業へ
 お願いします。チョークの他にも商品はありますので、みなさんでこんな会社を応援しませんか?
 実は本文に出てきた、二人の少女ですが、50年後も嘱託として、日本理化学工業で働いていて、著書は、
 社長室でそのもと少女にお茶をだしてもらったそうです。

 この本には、この他に

 「社員の幸せのための経営」「戦わない経営」を貫き48年間増収増益伊那食品工業株式会社 
 「人を支える」会社には、日本中から社員が集まり、世界中からお客さまが訪ねてくる中村ブレイス株式会社 
 地域に生き、人と人、心と心を結ぶ経営を貫いていく株式会社柳月 
 「あなたのお客さんでほんとうによかった」と言われる、光り輝く果物店杉山フルーツ 

 素敵会社が沢山です。こんな素敵な会社を知り、伝え、応援して行きたいですね。

 それでは また

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