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『名作にひそむ 涙が流れる一行』 ~斎藤孝~ [斎藤孝]

「心のアンチエイジングしませんか?」
著書入魂の一冊! 大注目の感動書き下ろし!!


名作にひそむ 涙が流れる一行

名作にひそむ 涙が流れる一行

  • 作者: 齋藤孝
  • 出版社/メーカー: ジョルダン
  • 発売日: 2009/05/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



<著者のご紹介>
 斎藤孝(さいとう たかし)
 1960年静岡県生まれ。 東京大学法学部卒業。
 同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。
 専攻は教育学、身体論、コミュニケーション論。
 主な受賞作品に1998年宮沢賢治賞奨励賞を受賞した「宮沢賢治という身体」、
 新潮学芸賞を受賞した「身体感覚を取り戻す」、シリーズ累計260万部を記録し、
 毎日出版特別賞も受賞した「声に出して読みたい日本語」などがある。
 その他の著書は、「三色ボールペンで読む日本語」、「理想の国語教科書」、
 「斎藤孝のイッキに読める名作選」シリーズ、最新刊に「1分で大切なことを伝える技術」、
 「新訳 学問のすすめ」、「座る力」、「由緒正しい日本人の教養」がある。
 毎週土曜夜10時からの放送の『情報7daysニュースキャスター』にレギュラーコメンテータとして
 生出演中。

 斎藤孝さんのHomePageはこちら → 斎藤孝のホームページ

<この本との出会い
 この本もまた新刊JPのPodCastでのご紹介です。 すてきな本をありがとうございます。




<本文からのご紹介>

  ~ナガイ ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。
  ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマイ。
                   『ないた赤おに』(浜田廣介)


 【その前後】 ・・・・・・・・・・・

 ある山の崖の上に一軒の家があり、赤おにが暮らしていた。家の前には、この家はやさしい
 鬼の家で、おいしいお菓子やお茶があるので、ぜひみなさん寄ってください、と書かれた
 立て札が立っていた。
 それを見た村人が家のなかをのぞいたが、赤おにをみるとこわがって逃げてします。自分の
 気持ちを人間にわかってもらえず悔しがっている赤おにのところに、遠くの山から青おにが
 やってきて、「僕がこれから村に行ってうんと暴れるから、きみはあとからやってきて僕の頭を
 ぽかぽかなぐってくれ。そうすれば人間はきみをほめて、安心して家にもやってくる。何かを
 やりとげるにはだれか犠牲になるのさ」という。
 赤おにはいつまでも立とうとしなかったが、青おには無理に引っ張っていき、自分がいった
 通りにした。すると村人たちは、「赤おにはほんとうにやさしい鬼だったんだ」といって赤おにの
 家にやってきてお菓子を食べ、お茶を飲むようになり、赤おにには人間の友だちがたくさん
 できた。ところが、日がたつにつれて、気がかりなことができた。あれ以来、青おにがまったく
 訪ねてこなくなったのだ。


 いなくなったのは友情の証

 『フランダースの犬』とならんで、子ども心に泣いてしまう物語の代表のような作品です。
 なぜそんなに泣けてきてしまうのかというと、ひとつには、一般的な鬼の像というのは
 恐ろしいものですが、鬼なのにこんなにやさしい鬼がいたんだ、友情があったんだと心
 打たれるものがあるからです。
 ラストで、張り紙を見て読んだ赤おにが、戸に手をかけ顔を押しつけ泣いている姿に、
 つい読者はもらい泣きしてしまう、そういう面があると思います。
 人間と親しみたいのだけれどもうまく親しめない、もちろん鬼ですから仲良くできなくて
 当たり前なのですが、そんな赤おにに対して、青おにがわざと暴れてそれを赤おにが
 やっつけて人間たちに赤おにが信用されるという芝居を打つわけです。
 青おにと赤おには仲がいいからそういうことをしたわけですが、しばらく青おにが姿を
 見せないので心配になった赤おにが青おにの家に行ったら、こんなことが書かれた張り
 がみがしてありました。
 「しばらくきみとはお目にかかりません。このままきみとつきあい続けていれば人間は
 きみを疑うことがないともかぎりません。だからぼくは去ります。長い旅になるかもしれ
 ないけれどきみのことは忘れない。体を大事にしてください」
 青おには、赤おにのためを思って去っていったのです。これは自己犠牲とうことです。
 自分の幸せよりも相手のことを思って、自分は身を引くとか、自分はなんと思われようとも
 相手がよくなればいいという考えです。
 このような愛情のもち方は、友情も愛情の一つのあり方ですが、なかなかふつうはできに
 くいことです。


 相手を思う気持ちを優先させる

 それをこの物語は、最後にはりがみ、置き手紙にして表現しています。もしこの場面を、
 青おにと赤おにの二人が話しているというふうにしたら、「いやそんなことはないよ、
 いっしょにいようよ」といったやりとりがされてしまうかもしれません。
 そうではなくて、決めて決断して動いてしまう。そのために、赤おにが自分の気持ちを
 伝えようとしても、青おにの行方はわからない。そういう意味で、はりがみ、置き手紙が
 もつ、「とりかえしのつかなさ」というものが心を打つのだと思います。
 愛情は、相手が自分にどれだけよいことをしてくれるのか、自分にどれだけのことをして
 くれるのか、ということばかりを先に考えてしまいがちです。
 相手のことを本当に思う気持ちではなくて、相手の自分に対するサービスがよくなかったり
 相手が自分にとって役に立たなかったりすると、つきあいを続けない。
 そういうギブ・アンド・テイクのとくにテイク、自分がとる、もらうほうのつきあいを優先させて
 考えてしまう。
 人間は最初はそこからスタートするのですが、それを克服していってやがて相手のことを
 思うという気持ちに発展させていくというのが、愛情のおける成熟というものだと思います。
 その成熟した姿を青おにが見せてくれているのです。
 われわれは鬼に対してちゃんとしたイメージをもっていません。おそらく多くの人にとっての
 鬼のイメージは、やたらと恐いムキムキマッチョか桃太郎に一気にやっつけられてしまう
 一人ひとりの区別がつかない顔のないショッカーのようなものだと思います。
 この作品は鬼のなかに人格をつくりあげたという点でも新鮮だったのです。





 この本を読みながら、いやいやまだまだ素敵な本は沢山あるんだな~と思い、次々とAmazonで
 注文してしまいました。この『ないた赤おに』もその一冊です。この絵本は読んだことがなかったの
 ですが、この一行とその前後を読み購入して読んでみたところ、予想以上に素晴らしい作品でした。
 ”張り紙を見て読んだ赤おにが、戸に手をかけ顔を押しつけ泣いている姿”なんてのは、本当に
 切ない赤おにが表現されております。その姿とこの張り紙が涙を誘うのですね。
 この本の説明で斎藤孝さんは、自己犠牲やギブ・アンド・テイクの話をしております。ここってとても
 大切ですね。友情も愛情もやはり見返りを求めたり、テイクされるのが前提であれば長続きしないと
 思うのです。でもギブ・アンド・ギブと考えてもなかなかそこまでは成長出来ていない気がします。
 まずは見返りを求めない、見返り前提と考えなくなるだけでも成長だと思います。
 何で、こんなにしてあげてるのに~とか見返りを求める気持ちが出てきたら、
 あれ?これって見返り求めてない?と気が付く間が大切なんじゃないかと思います。
 そして、その間を持つ余裕ができれば一歩成長。そして次のステップを目指す。そんな感じで
 成長していければ素敵ですよね~。そう心に決めて自分自身成長して行きたいと思います。
 この本は絵本なので、是非ともお子様と一緒に読むことをお勧めします。時にはこんな切ない絵本を
 親子で読むのも良いのではないでしょうか。でもきちんと親として説明出来なければなりませんね。
 この本には、その他にも素敵な本が紹介されております。何冊かは読んだ事がある本でしたが、
 かなり読んだことが無い本でしたので、これから時間を見つけて読み、そしてこの本を再度読み直して
 みたいな~と思いました。
 




タグ:絵本
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