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『自分を育てるのは自分 -10代の君たちへ』 [東井義雄]

道にいい道、悪い道というのがあるのではない。
その道をどんなふうに生きるかという、その生きざまによって、良く見える道も悪くなったり、
悪く見える道も良くなったりするんですね。


自分を育てるのは自分―10代の君たちへ

自分を育てるのは自分―10代の君たちへ

  • 作者: 東井 義雄
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2008/10
  • メディア: 単行本



<著者のご紹介>
 東井 義雄(とうい よしお)
 明治45年兵庫県但東町に生まれる。
 昭和7年姫路師範学校を卒業、豊岡小学校に着任。
 以後、但東町内の小学校に勤務、32年『村を育てる学力』で反響を呼ぶ。
 34年但東町の相田小学校校長に就任。中学校長を経て39年八鹿小学校校長に着任。
 41年より『培其根』を発行。47年定年退職し、兵庫教育大学大学院、姫路学院短期大学講師などを
 務める。平成3年死去。享年79歳。「平和文化賞」、「教育功労賞」、「ペスタロッチ賞」、
 「正力松太郎賞」などを受賞。



東井義雄一日一言―いのちの言葉

東井義雄一日一言―いのちの言葉

  • 作者: 東井 義雄
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2007/12
  • メディア: 単行本



<この本との出会い>
 たまたま立ち寄った本屋でタイトルとその内容に心ひかれ購入しました。





<本文からご紹介>

 卒業式をどう迎えますか


 いよいよ、皆さんも卒業式を迎えますが、その卒業式、どんなふうな卒業式に仕上げるか。
 小学生の場合、聞いていただいてお別れにしましょう。
 三学期に入りましたら、
 「校長先生、卒業式、僕らでやらしてもらっていいですか?」
 「バカいうなよ。卒業式は学校がやるものだ。君らが勝手にしたら困るわい」
 「でも、校長先生、毎年、答辞とかいうの卒業生がやりよるではないですか」
 「あれは卒業生がするのや」
 「そうですか。じゃあ答辞に一時間ほどいただきたいんですが、もらえるでしょうか」
 「君らが答辞に一時間も取ったら、長い卒業式になって困るわい」
 「そんなら、40分だったらどうですか」
 「40分では長すぎると思うがしょうがない、まけとく。40分でやってみい」
 いうたんですが。
 私は、卒業式は学校の試験の通った者に、学校長の主権で卒業証書をやる、これが卒業式と
 考えていますから、証書を渡すのはていねいにやります。一人ひとり、壇上にあがった子に、
 「あんたのお父ちゃんが亡くなったのは一年生の二学期やったな。今、向こうにいっしょに立って
 くださったお母ちゃんが、今日の日まで、どんな難儀なさったか。今日の日を迎えることが
 できたのはお母ちゃんのおかげだぞ。中学校に行ったらな、あのお母ちゃんにどう喜んでもらう
 中学生になるか、それが宿題や」 といって証書を渡します。

 三年の時、お父さんを亡くした東君というのがあがってきました。出席簿の順でもない、学級の
 順番でもない、誰があがってくるかわかりません。
 東君があがってくるなり、
 「校長先生、僕は校長先生にそんなこといわれんでも、お父ちゃんが亡くなってからの、
 お母ちゃんの難儀を思うと、じっとしておれなくなって、三年の時から、一日も休まずに牛乳配達を
 続けてきました。」
 「そうやったなあ、牛乳配達しただけやない。どの家にも、おはようございますの挨拶配達して
 まわったのも君やったな。それから、一年の時からお世話になった鉛筆が短くなって使えなく
 なったら、『さよなら、ありがとう』の箱にためて、宝物にしているのも君やったな。中学に行っても、
 これ大事にせいよ。しかし、今向こうに、いっしょに立ってくださったお母ちゃんが、一番心配な
 ことは、後に残されたひとりっ子の君が病気したら大変だということだ。お母ちゃんのために頑張る
 のはけっこうだけれど、病気をしない丈夫な体をどうつくるか、それが中学校へ行ってからの宿題や」
 そして証書を渡します。そんなやり方しますと、ある年なんか、120人渡すのに、3時間かかりました。
 私が証書を渡してしまうと、学校で一番やんちゃな、三年生のやんちゃ大将の安原君が、
 この卒業生の前へ出ましてね。
 「僕が今ここへ出てきたのは、先生に出ろといわれたのではありません。僕は卒業なさる皆さんが、
 学校で一番困られた学年、三年生の、特に皆さんを困らせた安原久司です。僕はここへ来て、
 ひとこと『すみません』といいたかったんです。皆さん、すみませんでした。ゆるしてください。
 でも皆さん、安心してください。三学期に入って、卒業する皆さんを、どうやって送るか、みんなで
 相談しました。文集をつくろうとか、手紙をかこうとか、いろんな意見が出ました。結局、三学期だけ
 でも、しゃんとした暮らしをしようということになって、一生懸命頑張ってきました。きっといい四年生に
 なってみせます。どうか安心して卒業していってください。」
 みんなしゅんとなりましたね。

 答辞のプログラムになりましたら、
 「まず、校長先生に何かいいたいことありませんか」
 司会の生徒がいいます。いっぱい手を挙げます。
 「冬の朝、私がお掃除をしていたら、校長先生がまわって見えて、
 『お湯もらってお掃除しとんやろな』いうて、バケツに手を入れてくださったら、冷たいお水だったので、
 『えらい冷たい水で掃除しとんやな。しもやけにならんようにしてよ。』
 いうて、校長先生が私の両手をはさんで、温めてくださったですね。あのことが忘れられません」
 泣きながらいう女の子がいます。
 「校長室の掃除の時、私が床をふいていたら、校長先生も雑巾持ってやってきて、
 『あのなあ、この板、今365へん、力を入れて磨くのと、365日かかって、365へん磨くのと、
 どっちがきれになるか』
 と聞いてくださったですね。
 私は、ハッとしました。いくらいいことでも、一気呵成にやってもダメで、続いてなければ値打ちが
 出ないだということを教えてくださったように思います。
 中学校へ行って、あれを思い出しながらお掃除だけでなくて、なんでも辛抱強くやりぬくことを
 約束したいと思います。 ありがとうございました。」
 寄ってきて、胸に赤い花を飾ってくれました。
 「そんなことがあったかいな。辛抱強くやってくれよ」
 言葉をかけ直さずにはおれません。

 受け持ちの先生にも、次々に呼びかけて、胸に花を飾っていきます。
 知的障害の子が、先生の手を握りしめて、
 「先生のおかげで、九九がいえるようになったんです」
 「先生のおかげで、本が読めるようになったんです。先生ありがとう」
 胸に花を飾ります。先生は泣いてしまいます。
 怪我をした時、病気になった時、お世話になった先生に、
 「竹田先生、僕が卒業できるのは、先生のおかげみたいなもんです。僕は3年のおしまいまで、
 どの先生からも、どの先生からも『行儀が悪い、きょろきょろする』
 といって叱られてばかりやったんです。そしてら、先生が、
 『ひょっとして、腹の中に悪い虫がいるんやないか』
 いうて、便の検査をしてくださったら、本当に悪い虫の卵がいっぱいいて、先生がそれを退治して
 くださったんです。それから僕は落ち着いて勉強ができるようになったんです。先生、ありがとう」
 養護の先生の胸に、赤い花を飾ります。先生、泣いてしまいます。
 用務員のおばちゃんに女の子でした。
 「朝の一時間目のお勉強がはじまってから、先生の用事で、おばちゃんのところへ入ったら、
 おばちゃん朝ごはんを食べていました。
 先生から聞いたら、おばちゃん、暗いうちから起きて私たちのために、いろんな用事して、とうとう
 おばちゃんがご飯を食べたのは、私たちの勉強がはじまってからになるんですね。おばちゃんは
 校長先生より忙しいですね。どうかおばちゃん、あんまり無理しないように、体を大事にして、
 後に残っている皆さんのために、よろしくお願いします」
 おばちゃんの胸に花を飾るもんですから、こらえきれずに、ワーッと泣きだしてしまいます。

 約束の40分が、またたく間にすんでしまいました。司会の子が気をもんでましたが、
 「皆さん、まだまだいいたいこといっぱいだと思いますが、時間が来てしまいました。
 ひろはたさんは、ピアノのけいこしてきたんだから、ピアノを弾いてください。小学生として、
 最後の校歌を心を込めて歌おうじゃあありませんか。在校生の皆さんも、いっしょにお願いします。
 先生方もいっしょにお願いします。」
 いわれて、卒業していく女の子のピアノ伴奏で、司会の女の子のタクトで校歌を歌いました時には、
 長い間教員やってきてはじめて、これが本当の校歌の歌い方だったんだと、こう知らされた感動を
 味わったんですが。

 ~後略~





 
 この本は東井先生が中学生に向けた講演会の内容を書籍化した内容なので、とても語り口調が
 やわらかく人柄があふれた内容になっております。内容を読むと講演会2回分が書かれております。
 本文からは特に印象に残った、”卒業式をどう迎えますか”をご紹介いたしました。
 実はここで紹介した卒業式には前振りがありまして、まずは遠足を子どもたちに企画させたそうです。
 その後に運動会、修学旅行と企画させ、しかもその内容がとても心温める内容だったので、
 東井先生も卒業式に子どもたちの企画の時間を与えたんだと思います。
 以前の金森先生もそうでしたが、子どもたちの心が耕されていたからこそ、こんな心を込めた
 温かい卒業式が出来たのでしょうね。しかも、東井先生は校長先生という立場ですから、
 学校全体の心が耕されていたのでしょう。何やら昨今は、学校や教育問題に叫ばれていますが、
 ふと振り返ると、昔の校長先生ってとても素敵なオーラが出ていた気がします。今はどうなんでしょうか?
 あまり校長先生と触れ合う機会はないので何ともいえませんが、もしかすると、そのあたりに教育問題の
 原因が隠されているのかもしれませんね~。この本の元となった講演会は昭和55年、56年に開催された
 そうなのですが、今読んでも古く感じさせない内容です。是非とも10代の子どもたちに読んで欲しいですね。





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